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八坂寺(鯖大師)

(やさかでら さばだいし)

徳島県海部郡海陽町に位置する高野山真言宗の寺院、八坂寺は、八坂山(やさかざん)、正覚院(しょうがくいん)と号され、その本尊は弘法大師です。この寺は四国八十八箇所霊場の番外札所であり、四国別格二十霊場四番札所、また阿波七福神霊場の布袋尊札所でもあります。通称「鯖大師本坊」や「鯖大師」として広く知られ、多くの参拝者が訪れています。

本尊とご詠歌

本尊真言: 南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)
霊場を巡る巡礼者たちが唱えます。

ご詠歌: かげだにも 我名を知れよ 一つ松 古今来世を すくひ導く
この詠歌は、過去から未来にわたって人々を導き救済する意味が込められています。

八坂寺の由緒と伝説

弘法大師の伝説

鯖大師と呼ばれる由来は、平安時代初期の弘仁年間(810年 - 823年)に弘法大師(空海)が八坂八浜を訪れた際に始まります。空海が行基手植えの松の下で野宿していたところ、馬子が塩鯖を馬に背負わせて通りかかりました。空海が塩鯖を求めた際、馬子はこれを拒否し、馬は突然苦しみ始めました。驚いた馬子は空海に鯖を差し出し、空海が加持水を与えると馬はたちまち元気を取り戻しました。さらに、空海は法生島(大砂海水浴場)で塩鯖に加持祈祷を行い、海に放つと鯖は生き返り泳ぎ去りました。この出来事が鯖大師の伝説の始まりとされ、以後、この地に「行基庵」が建てられました。

行基にまつわる鯖伝説

八坂寺には、行基による鯖の伝説も伝わっています。この話は、江戸時代前期に真念が記した『四国遍路道指南』に記されています。行基が四国を巡錫中、この地で鯖を馬に背負わせた馬追に出会い、鯖を所望しましたが拒否されました。行基は「大坂や八坂坂中鯖ひとつ 行基にくれで馬の腹や(病)む」と歌を詠むと、馬が急に腹痛を起こしました。馬追が鯖を差し出すと、行基は「くれで」を「くれて」と変えて詠み、馬の苦しみを治めたのです。

鯖断ち祈願と民俗学的解釈

鯖断ち祈願の意味

八坂寺では、絵馬に開運、子宝成就、病気平癒などの願いを書き、3年間鯖を口にしない「鯖断ち」の祈願を行うと、願いが成就するとされています。これも鯖大師信仰の一部です。

鯖大師伝説の民俗学的解釈

民俗学者の五来重は、この鯖大師伝説を、山姥が牛方や馬方の塩鯖を求める民話と関連づけて解釈しています。山中や峠をさまよう荒ぶる祖霊に供物を捧げる風習が、行基伝説や鯖大師伝説として形を変えたものとされ、仏教語の「生飯(さば)」が鯖と同音であることから、仏教的意味が加わったと考察しています。

境内の見どころ

本堂と大師堂

八坂寺の境内には多くの見どころがあります。本堂には絶対秘仏の大師像が安置されており、大師堂には鯖を持った大師石像が立っています。参拝者はいつでもその姿を拝むことができます。

洞窟霊場と護摩堂

八坂寺には、洞窟内に設けられた霊場もあります。洞窟八十八ヶ所お砂踏み霊場洞窟三十三観音お砂踏み霊場があり、本堂の右側に入口があります。最奥には護摩堂があり、不動明王立像と二童子が祀られています。

馬頭観音堂と般若心経塔

馬頭観音堂は駐車場にあり、参拝者が自由に拝観可能です。また、般若心経塔(多宝塔)には聖観音立像が安置されており、その静寂な雰囲気が魅力です。

お山の八十八ヶ所と金刀比羅宮

八坂寺の周辺には、約20分で一巡できるお山の八十八ヶ所や、山の中腹にある金刀比羅宮などもあります。これらの場所は、参拝者が祈りを捧げる場所として人気があります。

アクセス情報

鉄道でのアクセス

JR四国 牟岐線の鯖瀬駅から、八坂寺まで徒歩約0.2kmです。電車を利用してのアクセスも非常に便利です。

バスでのアクセス

徳島バスを利用し、「鯖瀬」バス停で下車後、徒歩約0.2kmの距離に八坂寺があります。

車でのアクセス

国道55号線から進入道路を経由し、赤い欄干の橋を渡ると、馬頭観音堂があり、その周辺が無料駐車場です。駐車場から仁王像が迎える参道を歩いて本堂へ向かいます。

鯖大師信仰の広がり

鯖大師信仰は阿波国を中心に広まり、やがて日本全国に波及しました。高野聖や勧進聖によって伝説が広められたことで、各地に派生形が生まれ、青森から九州まで広く知られるようになりました。伝説の内容が地域ごとに変化し、行基や空海など、僧の名前やエピソードが変わることもありましたが、共通するテーマは「信仰と祈り」です。

鯖大師伝説は、時代とともに空海(弘法大師)の伝説の一つとして定着し、旅の安全や病気平癒を願う人々にとって大切な信仰の場として、今もなお多くの人々に親しまれています。

Information

名称
八坂寺(鯖大師)
(やさかでら さばだいし)

阿南・日和佐(美波)

徳島県