御所神社は、徳島県阿波市土成町吉田に鎮座する神社であり、歴史と伝統に彩られた由緒ある場所です。特に土御門上皇の終焉地と伝わる境外摂社「御所神社」も存在しており、神社の歴史的背景や文化的価値は非常に重要なものとなっています。
所在地: 徳島県阿波市土成町吉田
御所神社は、阿波市土成町吉田の地域に根付いた神社で、長い歴史と深い文化的価値を持っています。古墳の上に位置するこの神社は、地域の人々の信仰の対象となり、古くからその存在感を放ち続けています。境外摂社である「奥御所神社」では、特に土御門上皇にまつわる伝承が今なお語り継がれており、多くの参拝者が訪れる神聖な場所です。
御所神社の創建年は不詳ですが、その歴史は古墳時代にまで遡ると考えられています。神社は「椎ヶ丸古墳」と呼ばれる前方後円墳の頂近くに位置しており、古くからこの地に鎮座していたことがうかがえます。かつては「吹越神社」と呼ばれ、地域の信仰の中心であったことが分かります。
1913年(大正2年)には、村内に点在していた28社を合祀し、神社の役割を一層強化しました。また、1957年(昭和32年)には、御所屋敷に鎮座していた「御所神社」を合祀し、現在の「御所神社」という社名に改められました。この時点で、地域の信仰の中心として、さらなる発展を遂げました。
御所神社から約6km北にある鵜の田尾トンネル手前には、「奥御所神社」と呼ばれる境外社が存在します。この神社は、土御門上皇の終焉の地とされており、上皇の御神霊が祀られています。特に、社殿の横に流れる谷川にある「御腹石」と呼ばれる岩は、上皇がその上でお腹を召したという伝承が残されています。この地は、上皇の歴史と深い関わりを持つ重要な場所です。
土御門上皇は、承久の乱(1221年)で敗北し、土佐国へと配流されました。その後、阿波国に移され、阿波の地に深い縁を持つこととなります。特に板野町にあった「行宮(松木殿)」を経て、1227年(嘉禄3年)には現在の土成町吉田に「御所屋敷」を営むこととなりました。この御所屋敷が、後に御所神社となる場所として深い歴史的意義を持つことになります。
1231年(寛喜3年)、土御門上皇は配流先の阿波で37歳という若さで病没しましたが、その埋葬地には諸説があります。一説には、阿波市内にあるとされており、地域の歴史的な謎として今なお関心を集めています。この地で上皇の終焉を迎えたことが、御所神社の歴史的価値を一層高めています。
御所神社の主祭神は、素盞鳴命(すさのおのみこと)です。古代日本神話に登場するこの神は、勇猛でありながらも慈悲深く、病や災厄から人々を守るとされています。地域の守護神として、古くから人々に信仰され続けてきました。
また、土御門上皇も祀られています。上皇の悲劇的な生涯と、阿波の地での終焉にまつわる歴史的な背景が、この神社を特別な場所としています。彼の御神霊が祀られることで、歴史的な意義と共に、地域の人々に大きな精神的支えを与えているのです。
御所神社へのアクセスは非常に便利です。徳島自動車道の「土成インターチェンジ」から車で約3分という近さに位置しており、地元の参拝者のみならず、観光客にとっても訪れやすい場所です。駐車場も完備されており、車でのアクセスが非常にスムーズです。
御所神社は、土御門上皇にまつわる深い歴史と伝承を持ち、地域の信仰の中心であり続ける重要な神社です。古墳の上に鎮座し、素盞鳴命と土御門上皇を祀るこの神社は、阿波市の歴史的・文化的な観光地として、訪れる価値があります。周辺の自然環境と共に、歴史と神話に触れることができるこの場所は、静かな時間を過ごすには最適な場所です。