祭神
大宜都比売命(おおげつひめのみこと)
上一宮大粟神社の祭神は、大宜都比売命(おおげつひめのみこと)で、別名を天石門別八倉比売命(あまのいわとわけやくらひめのみこと)あるいは大粟比売命(おおあわひめのみこと)とも称されます。社伝によると、大宜都比売命は、伊勢国丹生の郷(現在の三重県多気郡多気町丹生)から馬に乗って阿波国に訪れ、この地に粟を広めたと伝えられています。
歴史
上一宮大粟神社は、『延喜式神名帳』に記載される式内大社「阿波国名方郡 天石門別八倉比賣神社」の論社の一つとしての歴史を持ちます。この神社は、阿波国における信仰の中心地であり、古代から重要な存在でした。天石門別八倉比賣神社は、神亀5年(728年)に聖武天皇の勅願所となり、元暦2年(1185年)には正一位の神階を授与されました。
平安時代になると、徳島市一宮町に当社の分祠として一宮神社が創建され、さらなる信仰を集めました。
明治時代の変遷
明治3年(1870年)、上一宮大粟神社は「埴生女屋神社」と改名されましたが、氏子たちの請願により、明治28年(1895年)に現在の名称である「上一宮大粟神社」へと改称されました。
新四国曼荼羅霊場第七十三番札所
上一宮大粟神社は、新四国曼荼羅霊場の第七十三番札所としても知られています。これは、四国地方の重要な霊場巡りの一環であり、多くの巡礼者がこの神社を訪れます。
前後の札所
新四国曼荼羅霊場の前後の札所は以下の通りです:
- 72番札所:妙法寺
- 73番札所:上一宮大粟神社
- 74番札所:宝蔵寺
アクセス情報
上一宮大粟神社へのアクセスは、車と公共交通機関のどちらも利用できます。徳島市内からは、徳島自動車道を利用して神山町方面へ向かい、国道438号を経由して到着します。また、公共交通機関を利用する場合は、徳島バス神山線を利用して「寄井中」バス停で下車し、徒歩約1時間半の距離にあります。
結び
上一宮大粟神社は、阿波国の歴史的な背景を持つ由緒ある神社であり、祭神である大宜都比売命の伝説や、阿波国一宮としての重要性から、多くの人々に親しまれています。新四国曼荼羅霊場の札所としても信仰を集めるこの神社は、歴史的にも宗教的にも貴重な存在です。徳島県を訪れる際には、ぜひ立ち寄りたい場所の一つと言えるでしょう。