徳島県吉野川市に位置する高越寺は、阿波富士とも称される高越山に鎮座する歴史ある寺院です。本尊として崇められるのは蔵王権現であり、脇仏には千手観音が祀られています。真言宗大覚寺派に属するこの寺院は、土柱高越県立自然公園内にあり、その荘厳な佇まいと豊かな自然に囲まれ、多くの参拝者や観光客が訪れる場所となっています。
高越寺の歴史は古く、俗に「阿波富士」と呼ばれる高越山の山頂部に位置しています。この山はまた、「衣笠山」や「摩尼珠山」といった呼び名でも親しまれています。東の大和国の大峰山(金峰山)に対し、自らを「西上山」と称し、阿波国修験道の発祥地としても知られています。
江戸時代の寛文5年(1665年)には住職・宥尊によって記された「摩尼珠山高越寺私記」によれば、役小角(えんのおづぬ)によって開創された古刹であると伝えられていますが、その信憑性には疑問が残っています。一方、鎌倉時代には修験道の信仰圏が高越山を中心に形成されていたとする記録もあり、修験道の重要な拠点であったことが伺えます。
高越寺はまた、吉野川市山川町山崎に位置する忌部神社とも深い関係があります。忌部神社は阿波忌部氏の守護神を祀る神社であり、年に2回の会合が開かれていました。この際、高越寺は忌部神社の別当寺としての役割を果たし、「忌部修験道」とも呼ばれる独特の修験道の形態を生み出しました。このように、高越寺は修験道だけでなく、地域の歴史や信仰とも深く関わりを持っています。
高越寺には多くの文化財が残されており、その中でも特に重要なものが「絹本著色仏涅槃図」です。この仏涅槃図は京都国立博物館に寄託されており、貴重な文化遺産として保護されています。仏教美術の中でも、仏涅槃図は釈迦の入滅を描いたものであり、その芸術的・歴史的価値は極めて高いものです。
高越山(こうつさん)は、標高1,133メートルの山であり、その雄大な姿から「阿波富士」とも呼ばれ、地元では「オコーツァン」という愛称でも親しまれています。四国百名山にも数えられており、登山者や自然愛好者にとっても人気のある山です。
高越山の山頂からは、四国を代表する一ノ森(標高1,879メートル)、剣山(1,995メートル)、三嶺(1,898メートル)などの名峰が一望できます。また、天候が良ければ瀬戸内海や淡路島の美しい景観も望めるため、多くの観光客が訪れます。
高越山には修験道の歴史が深く根付いています。7世紀に役小角によって建立されたとされる高越寺が山頂にあり、真言宗の開祖である空海もこの地で修業を行ったと言われています。また、かつては女人禁制の地でありましたが、今日ではその禁制も解かれています。ただし、毎年8月18日に行われる「十八山会式」では、現在も女人禁制が続いており、紫燈大護摩が厳かに執り行われています。
高越山には、さまざまな見どころがあります。中でも有名なのが「万代の池」と呼ばれる池や、「のぞき岩」の行場です。このような場所では、修験道の修行者たちが修行を行い、心身を清めたと伝えられています。また、山内には庵が点在しており、その歴史的背景も興味深いものがあります。
高越山一帯は、土柱高越県立自然公園に指定されており、豊かな自然が広がっています。この自然公園内にはかつて徳島県立山川少年自然の家があり、林間学校などで利用されていましたが、2006年に閉鎖されました。自然の中でのアクティビティや登山、散策などが楽しめる場所としても、多くの人々に愛されています。
2014年12月6日、高越寺の住職(43歳)とこの寺院で働く男性(83歳)が、寺の近くで雪に閉ざされ、遭難するという痛ましい事故が発生しました。2人はともに亡くなり、この出来事は高越山での厳しい気象条件に対する注意喚起を促すものとなりました。自然の美しさと同時に、厳しさも持つ高越山での登山や散策には、十分な準備が求められます。
高越寺は徳島県吉野川市に位置しており、アクセスには車が便利です。JR徳島線「阿波山川駅」からは車で約50分、また徳島自動車道「脇町インターチェンジ」からは車と徒歩で約70分かかります。公共交通機関を利用する際には、事前に交通手段を確認し、余裕を持った計画を立てることが推奨されます。
高越寺と高越山は、徳島県内でも歴史的・自然的価値の高い観光地です。古くから修験道の拠点として栄え、文化財の保護や独自の信仰形態が今も引き継がれています。また、高越山からの絶景や豊かな自然は、訪れる人々に感動を与えます。登山や散策を通じて、高越寺と高越山の魅力を存分に楽しんでみてはいかがでしょうか。