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鳴門市 賀川豊彦記念館

(なるとし かがわ とよひこ きねんかん)

徳島県鳴門市に位置する「鳴門市賀川豊彦記念館」は、社会運動家である賀川豊彦の業績を顕彰するために設立された博物館です。この記念館は、賀川豊彦の生涯や活動を振り返り、彼の影響力や社会運動への貢献を紹介しています。また、館の外観は大正6年に板東俘虜収容所で設計されたドイツ人建築家のデザインに基づいています。

沿革

鳴門市賀川豊彦記念館の開設までには、長い準備期間がありました。

施設概要

館内には複数の展示室があり、賀川豊彦の生涯や彼の多岐にわたる社会運動の歩みを詳しく紹介しています。また、大会議室や小会議室も備え、様々なイベントや講演が開催されています。

展示室

会議室

利用案内

入館料は大人200円、小・中学生100円で、鳴門市ドイツ館との共通券もあります。NPO法人賀川豊彦記念・鳴門友愛会の会員は無料で入場可能です。

休館日:第4月曜日(祝日の場合は翌日休館)、年末(12月28日から31日)

開館時間:9時30分から16時30分まで

駐車場:近隣の道の駅第九の里および鳴門市ドイツ館の駐車場(105台)を利用可能です。

交通アクセス

周辺の観光スポット

記念館周辺には、歴史や文化を楽しめる観光スポットが点在しています。

道の駅第九の里

記念館のすぐ隣にある道の駅です。ドイツとの関係を持つこのエリアは、様々なドイツ文化に触れることができる場所です。

鳴門市ドイツ館

徒歩2分の距離に位置するドイツ館は、第一次世界大戦時の板東俘虜収容所に関連する資料を展示しています。歴史的なドイツとの交流を知ることができる貴重な博物館です。

大麻比古神社

阿波国一宮であり、徒歩8分で訪れることができます。神社は由緒ある歴史を持ち、ドイツ人によって建設されたドイツ橋や眼鏡橋も残されています。

ドイツ村公園

徒歩10分ほどでアクセスできる公園は、板東俘虜収容所の跡地に建てられており、歴史散策が楽しめます。

阿波大正浪漫 バルトの庭

徒歩12分で、映画「バルトの楽園」のロケセットや実際の俘虜収容所兵舎を移築した博物館・テーマパークに行けます。

船本牧舎

記念館のモデルとなった国登録有形文化財の建物で、徒歩12分の場所にあります。

霊山寺

四国八十八箇所の第一番札所であり、霊場巡りの出発点として有名です。記念館から徒歩12分の場所にあります。

賀川豊彦の生涯

賀川豊彦(かがわ とよひこ、1888年7月10日 - 1960年4月23日)は、大正・昭和期のキリスト教社会運動家であり、貧民救済や労働運動、協同組合運動に尽力した人物です。彼は、キリスト教の博愛精神を実践し「貧民街の聖者」と呼ばれることもありました。

生い立ち

賀川豊彦は、兵庫県神戸市で生まれました。幼少期に両親を亡くし、徳島で育てられましたが、家族の困難な状況や周囲の偏見に苦しむ日々を送りました。15歳のとき、賀川家は破産し、徳島県立城南高等学校に通いながらも困難な生活を続けました。

その後、キリスト教に触れ、1904年に洗礼を受けました。この経験を通じてキリスト教社会主義やトルストイの反戦思想に感銘を受け、伝道者を志すようになりました。

社会事業への献身

1909年、神戸市の新川スラムに住み込み、路傍伝道を開始しました。そこで貧困層の救済活動に取り組み、のちに神戸イエス団を設立しました。彼の活動は、スラムの環境改善や労働者の権利向上に大きく貢献しました。

プリンストン神学校での学び

1914年に渡米し、プリンストン神学校で学びました。アメリカでの経験を通じて社会事業や労働運動への理解を深め、帰国後は日本で同様の運動を展開しました。

著作と社会運動

賀川は自伝的小説『死線を越えて』を執筆し、100万部を超えるベストセラーとなりました。また、生活協同組合運動にも力を入れ、神戸購買組合を設立しました。この組合は日本最大の生協「コープこうべ」へと発展しました。

まとめ

鳴門市賀川豊彦記念館は、賀川豊彦の偉大な業績を顕彰し、彼の生涯と社会運動への貢献を伝える貴重な施設です。歴史的な価値を持つ周辺の観光スポットと併せて訪れることで、地域の歴史や文化をより深く理解できることでしょう。

Information

名称
鳴門市 賀川豊彦記念館
(なるとし かがわ とよひこ きねんかん)

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